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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)144号 判決

事実及び理由

原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

原告の主張するところは、審決が、本件実用新案と各引用例のものとの対比において、ケース本体の壁部と蓋体の磁性片との間の「空隙」についての認定判断を誤り、その結果、本件実用新案の進歩性を否定するという誤つた判断をしたというのである。

(一)  本件実用新案について

成立に争いのない甲第三号証によれば、本件実用新案の明細書の「考案の詳細な説明」の項には、「従来のこの種ケースにおいては、ケース本体の壁部と蓋体との間に指先挿入用の空隙が存しないために、蓋体側に指先の引掛部を形成したり、同部牽引用の金具を附設しない限り、蓋体の開被を簡単になすをえない弊があつた。」(第二欄第九行~第一三行)、「本考案はかかる欠陥を除去せんとするもの」であり、本件実用新案の構成を採用したことにより、「格別の装置を附設する等のことを必要とせず、蓋体の開被を容易になしうる」(同欄第二二、二三行)という作用効果を奏するものである旨の記載があることが認められる。

これらの記載によると、本件実用新案の要旨における「指先挿入」の語は、右「考案の詳細な説明」において、「指先引掛け」の語と区別して、すなわち、ここに「指先挿入」というのは「指先引掛け」とは異なる内容を意味することを示して、使用されているのであり、通常、「挿入」とは、「引掛け」すなわち突出たものに掛つて止まる程度に止まらず、「さし入れること、さしこむこと」を意味し、本件実用新案において、蓋体の開被を容易にしうるという実用上の効果は、直接的には、磁極片の露出部の幅(長さ)によつてケース本体の壁部と磁性片との間に形成される右「指先挿入」用の空隙によつてもたらされるのであるから、右空隙は、通常の使用状態において、指先による蓋体の開被が容易にしうるように、指先を挿入し易い程度の広さを有していなければならないと考えられる。現に、前記甲第三号証によれば、本件実用新案の明細書添付図面の第3図には、壁版4に設けられた通孔13を経て外方に貫出している磁極片12、12′は、壁版4から著しく突出しており、これによつて形成された壁版4と磁性片15との間の空隙に拇指の先端部分がかなり深く差し入れられている状態が、実施例(実施例には、実用新案登録出願人が最良の結果をもたらすと思うものを記載すべきものとされている。実用新案法施行規則様式第3備考13ロ)として、図示されていることが認められる。

以上によれば、本件実用新案の要旨にいう「指先挿入用の空隙」とは、通常の使用状態において、手の拇指等の指先が挿入され、かつ、その指先をもつて容易に蓋体を開被することができるほどの可成り幅広い広さを有する空隙であることを意味するものと解するのが相当である。

(二)  引用例について

被告ら主張の筆入であることに争いのない検乙第一号証、第二号証によれば、各引用例のものは、皿形状のケース本体の壁面に永久磁石を埋着し、その両面に磁極片を当接すると共に、同磁極片を壁面外側に突出せしめ、この突出した磁極片の端面にケース蓋体に設けた磁性片を吸着せしめて蓋体でケースを閉鎖し、この蓋体をケースより開放するに際しては、蓋体の磁性片とケースの磁極片の吸着部とを引き離すように、蓋体端と本体側壁間に手指先を挿入するようにしたケースであつて、その空隙は、手指先端全体を挿入できるほどではないが、爪先部分は充分に挿入でき、その挿入部分を用いて蓋体をケース本体から引離すことができる程度のものであることが認められる。

(三)  両者の対比

そこで、本件実用新案と各引用例のものとを対比すると、両者は、ケース本体の側壁と磁性片をつけた蓋体との間の空隙において一応の差異があるだけで、その他の構成は一致するものである。そして、右空隙についての差異は、本件実用新案が「手の拇指等の指先が挿入され、かつ、その指先をもつて容易に蓋体を開被することができるほどの可成り幅広い広さのもの」であるのに対し、各引用例のものは「手指先端全体を挿入できるほどではないが、爪先部分は充分に挿入でき、その挿入部分を用いて蓋体をケース本体から引離すことができる程度の広さのもの」であるに過ぎず、これに伴つて、蓋を開く作業の容易性に間隙の広さの広狭に応じた若干の差があるに止まり、それ以上にその効果において格別の差異があるとも認められない。

原告は、各引用例の右空隙が、狭小なもので、爪先を差し込んで磁性片の下端内側に爪を引掛けて蓋版を開被するか、又は、突起状の磁性片の下面に指先の腹を当てがつて蓋版を開被するという用法に供しうるに過ぎないと主張する。しかしながら、引用例のものの右空隙が原告主張のような用法にも供しうるとしても、さらに、その他に、指先の爪先部分を挿入して、その挿入部分を用いて蓋体をケース本体から引離すことができるものであることは前認定のとおりであり、この用法が原告主張の用法と比べて特に大きな困難を伴うとは考えられず、実際の使用に当つていずれの用法が採られるかは、使用する者の指の太さや習慣などによつて決まることと考えられるので、原告の右主張は採用できない。

結局、本件実用新案と各引用例のものの「空隙」についての相違は、構成、効果のいずれについても、本質的なものではなく、程度の差に過ぎないというべきである。

(四)  考案の容易性

以上の事実によれば、本件実用新案は引用例のものと比較すると、ケース本体の側壁と磁性片をつけた蓋体との間の空隙の広さにおいて程度の差があるに過ぎず、本件実用新案においては右空隙の広さが各引用例のものに比べてより広いものであるが、引用例のものにおいて右空隙の幅をより広くすれば、蓋体の開被が一層容易になるであろうことは、当業者であればきわめて容易に想到できることと考えられる。他方、右空隙の幅を広くするといつても、手指の指先が適宜に挿入される程度以上に広くする必要のないことも、右空隙の用途上自ら明らかである。

そうすれば、各引用例のものにおいて、その空隙を、必要に応じ、「通常の使用状態において、手の指先が挿入され、かつ、その指先をもつて容易に蓋を開くことができるほどの、可成り幅広い広さを有する空隙」、すなわち、本件実用新案が要件とする「指先挿入用の空隙」に拡げることは、当業者であればきわめて容易に想到することができたものと認めるのが相当である。

以上のとおりであるから、本件実用新案の進歩性の有無についての審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。

〔編註〕本件における考案の要旨は左のとおりである。

皿形状のケース本体の壁面に永久磁石を埋着しかつその両面に磁極片を当接すると共に同磁極片を壁面外側に貫出せしめ、また、上記のケース本体の蓋体に磁性片を取付けこれを上記の磁極片の端面に吸着せしめるようにすると共に磁極片の露出部の幅によつてケース本体の壁部と磁性片との間に指先挿入用の空隙を形成してなるケース。

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